書き物

のぶニャがの野望をやってます。なので、更新遅れるかもです。

足音

所用で上京する事になり、そのついでにここ数年電話だけで顔を合わせる機会のなかった兄を訪ねようと思い立った。
しかし、それが私にとっての不幸の始まりだった。


兄の部屋は玄関の鍵が掛かっておらず、応答もなかったので勝手に上がった。
部屋の主の姿はなく、無用心にもほどがあると思いつつ部屋を見回した。
壁沿いに複数のPCが並んでおり、男の一人暮らしならではの散らかりようだった。
しかし、電子機器の狭間で紙のノートが一冊だけ、キーボードから半ば落ちる形で伏せられていた。
何故かそのノートが気になり、兄に悪いと思いつつも、彼が帰宅するまでの時間つぶしになるかと手に取った。


 怖い
 怖い
 足音が近づいてくる
 どこにいてもだ
 一歩ずつ
 きっかり深夜二時に近づいてくる
 海外にいけば無事かと思ったが
 やはり前の日から一歩だけ近づいた距離で足音がする
 もういやだ
 飲んでいても足音だけはハッキリ聞こえる
 いくら飲んでも恐怖が消えない
 あのエジプト展でミイラと目があってからだ
 あんな場所に行くんじゃなかった
 もうドアの前まで足音が来ている
 明日には部屋の中に入ってくるだろう
 もう隠れるしかない
 無事に生きていられたら親孝行しよう
 だから助けてくれ
 頼むから助けてくれ


直感的に兄が何らかの異常に陥ったと思った。
私の知る限り兄の精神は正常だったが、何らかの原因により異常をきたしたのだろうか。
いずれにせよ、部屋の中に篭って隠れているようなので探すことにした。
部屋は2Kでさほど広くない。
中途半端に開いた押入れをなんとなく避けて見回ったが見つからなかった。
なぜか感じる怖気を振り払い、最後に残った押入れを覗きこんだ。
中には大きめのごく普通のキャリーバッグが一つだけ。
押入れから引っ張り出す。妙に重かった。

明るい光の下で見て「普通ではない」と気づいた瞬間、怖気が増幅してぶり返した。
中身がみっちりと詰まっているのに、バッグは裏返しだった。
これでは特殊なファスナーでないと外からの開閉は難しい。

まるで、取り急ぎ中から閉じられるようにしたようだ。
何かから身を守る最後のシェルターを大慌てで作ったが如く。

強烈な嫌悪感とおぞましさを感じ、開ける事は出来なかった。
それでも開けなければならない。妙な義務感に包まれた。
私はおぞましさを少しでも紛らわす為、窓を全開にしてからキャリーバッグを開いた。


私は叫び声を上げた。
バッグにはおそらく兄と思われる膝を抱えた状態でミイラ化した遺体が入っていた。
私はすぐに警察に連絡をいれた。
検死解剖とDNA鑑定の結果、やはりあのバッグの中身は兄で、少なくとも死後半年経過と判明した。
私は3ヶ月前に電話で会話した兄が何者だったのか分からなくなった。
兄が異常になったのではなく、兄が異常な状況に置かれていたのではないかと考えるようになっていった。
何故なら私にも足音が聞こえるようになったからだ。
それもきっかり2時に。